Chitchies

14歳のパグ犬チッチと5●歳飼い主夫婦の、ドジでおまぬけな毎日。

2005年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年12月

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Nice Shot!

最近主人が写真の腕をあげた。
いわく、私のブログに協力してくれているそうで、チッチを連れて出かけるとせっせとデジカメで撮影してくれる。

デジカメは誰でもそこそこに上手く撮れるし、すぐに見られるから、撮りなおしもきくし、本当によく出来ているなあ。。。

携帯電話といい、カメラといい、インターネットといい・・・私達が若い時分にはありえなかったものである。
結婚前に携帯電話があったら、どんなにありがたかったことか・・・

主人の会社は当時すごく帰りが遅かったので、なかなか連絡が取れなかった。
約束していたものの、時間に間に合いそうにない・・・どうしよう・・・
そんな時に、仕方なく主人の会社に電話する。
「○○商会の○○です」なんて、仕事の電話を装ったりして・・・^^;
時代だねえ・・

でも、そんな時代がちょっと懐かしかったりもする。

昨日、久しぶりに広い公園でゆっくりチッチと散歩した。
例年より遅い紅葉が、それは見事。

チッチもうれしげに、走ったり落ち葉を追いかけたりしている。

主人はモデルさんの撮影会よろしく、パチパチ撮影してはモニターでチェックして悦に入っている。

ハテナ?

たしかこの人写真嫌いじゃなかったけ?
若い頃はどこに行くにも、カメラなんて持っていかなかった。
私がポケットカメラを持っていっても絶対写りたがらないし(ーー;)
ツーショットなんてもってのほかである。
景色のきれいなところへ行っても、
「そんなんで景色撮ったって、実際見たようになんか撮れないよ」と身もフタもない言われようだった・・・

チッチが主人を変えたのか??
私じゃモデルとして役立たずだったのか・・??

あまり深く考えない方がよさそうだ・・・(-"-)
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| 愛犬ちっち、そのオマヌケな毎日 | 08:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ハナヨリダンゴ

実家に行ってきた。
首都高速も一般道も混んでいそうなので、主人は「電車で行こう!」と主張、私はチッチを連れて行きたかったので、車で行こうといい、結局主人も折れて、車で出かけた。

案の定大渋滞。
空いていれば実家まで、高速だと1時間、一般道でも1.5時間。
今日は3時間かかっちゃった・・・
なによりも渋滞が嫌いな主人は、走り出して初めの渋滞で、もうフクレッツラである。
チッチはクレートの中でピーピープンプン。鼻を鳴らしながらタイクツしている。

実家はチッチを歓迎してくれるが、油断ならないのがオシッピである。
以前の訪問でも、しっかり粗相をしたので、今回はマナーパンツをはかせた。
緑色のパンツ。母が大ウケしていたが、マナーパンツを履いていると、面白くないのか、チッチは粗相をしなかった。

用事を済ませて、実家を出た。
帰りに神宮外苑のいちょう祭りを見て帰る魂胆だったので、チッチを連れて出たのである。
これから行けば、ちょうど夕日のきれいな時間だ。
ところが、途中でハタと気付いた。
バッグがない。
車に乗るとき、チッチのお散歩用リュックだけで乗ってしまった。
財布、携帯、デジカメ・・・全部入っている。
またやっちまった・・・
これから取りに戻ろうにも、夕方で道がまた混んできた。
かろうじて主人の携帯だけはあったので、実家に電話したら、母が近くまで届けてくれるという。
電車は速い。
30分で母がバックを浜松町まで持ってきてくれた。(ありがとう母ちゃん・・・(-“-))

あーあ、もう外苑に回ってはくれないだろうな・・・
諦めて車に戻る。
昼寝して待っていた主人
「さ、遅くなったからもう、帰るぞっ!」
あーやっぱり・・・
そういいつつ、車は六本木通りの方へ折れていく。
ここでご機嫌を損ねては元も子もないので黙っていると、外苑に着いた(ラッキー)
春は桜、初夏は新緑、秋は紅葉、冬はクリスマスのイルミネーション。
意外に主人はきれいなものが好きである。

やっとチッチの出番だ!お待たせしました。
車、実家でずっと待たされていたチッチは、半分眠そうな顔で下りて来た。

ほらー、チッチ、去年も来たよね、覚えてる??
(覚えてないよっ)
あれー、道のこっち側とあっち側、色が全然違うね~
(そんなんボクにはわからないよっ)
ほら、チッチ、お店がいっぱい出てるよ・・・
(人が多くてボク、踏まれちゃうよ~)

道行く人がみんなチッチを見て笑っていく。

「財布がない事件」のせいで、日の入り時間が過ぎてしまった・・・
うーん、かえすがえす残念。

じゃあ、そろそろ
うん、じゃあ行こうか
チッチ、そろそろ帰るよ、帰り道に焼き芋かって帰ろうね・・・
「えっ!!やきいも??」
かあたん、一番大きいのね、僕にもちょうだいね。
おイモを買ってからのチッチのテンションの上がりようっったら・・・
くれくれ星人本領発揮!!
イモくで~、イモくで~!!ガーっ

| 愛犬ちっち、そのオマヌケな毎日 | 10:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ちょっと聞いて!

「チッチ、今週末はお注射チックンに行くよ」
「かあたん、お注射チックンってなあに?」
「チッチはね、お散歩のたびに、他の子のシッコのニオイ嗅いだり、ときにはぺろっとしちゃったりするでしょ?ホントは悪いばい菌があったりするから、よくないんだよ、だからさ、チッチが悪い病気に罹ったりしないように、予防注射ってのがあるんだよ」
「ヨボウチュウシャってどんなの?サプリみたいに美味しい?」
「あ・・・いや~(~_~;)美味しくはないけど、お散歩がてらちょっとよるだけだからさ。」
「とおたんも一緒?」
「え?そ、そうね、とうたんにブブで連れてってもらうから、3人で行くんだよ」
「こわくない?」
「怖くない怖くない、みんな『チッチちゃん待ってたよ~』って言ってくれるよ」

ボクはかあたんにまたもやダマされた。

かあたん、痛いなんて言ってなかった。怖いなんて言ってなかった。

ボクはまた、あのツーンとするニオイのお家に連れてかれて、へんてこな水色のベベ着た「センセイ」って怖―いオジサンにイタイイタイされた。

しかも、タイジュウがオオダイだって。オオダイっていけないの?
かあたんが、青ざめてた。とおたんは「うちのがオヤツをやりすぎなんすよ」なんて、余計なことセンセイに言いつけてた。
今だってオヤツが足りないと思ってるのにさ、とおたんったら!
カアタンはお医者のゴハンがいけない、ってモンク言ってる。
ボク困っちゃったよ。

オシリから変なガラスの棒を入れられた、「38.3ヘーネツですね」だって。
ヘーネツって何かな?
かあたんがここぞとばかりに、ボクのお目メを見ろとか、腹を見ろとかセンセエに言ってる。
とおたんもさ、ひどいんだ。
ボクがいてもたってもいられなくて、固まってるのにさ、笑いながらデジカメで僕のこと写すんだ。

検温中なの~
んで、「ちょっとタイジュウが気になりますが、オオムネ健康ですね。」だって。

かあたんとセンセエのオシャベリが長くて、ボクタイクツしてきた。
ウアーってアクビまででちゃってさ、早くお外で遊びたいなあ・・・なんて思ってたら!!
「!」
センセエ、ボクのウシロからなにか刺した!
ボク、ビックリしたなんてもんじゃないよ。でも、ボクすかさず飛びのいたから、センセエってば、ビックリしてたな、ふふふ。

でもね、痛かったよ~。お散歩の時も、ときどき木の枝とかがパキってなって、ボクビックリするんだけど、そんなもんじゃなかった!
チックンじゃなかったよ!
ブスリ!だった!
とおたん、いい動画が録れた。なんて言ってたけど。

ひどいやひどいや。

ボク、当分、かあたんも、とうたんも、センセエも許してあげないんだ!
帰ってから、わざとリビングにおしっこひっかけてやったよ!
それくらいボクが怒ったってことさ。
どんちゃん
でもね、帰るとき、ボクの大先輩に会ったよ。
16才だって言ってた。
16歳になるまでビヨキなんて全くなかったって。
ボクがプリプリしてたら、おじいちゃんがね
「若いの・・・怒っちゃいけないよ、毎年チックンしてるから、ワシもこの歳まで元気で来られた。かあたん達を恨んじゃいけないよ。」

そう言うんだ。

ホントかな?チックンすると、おじいちゃんになるまでずっと、かあたん、とおたんと一緒にいられるのかな?
ボクはまだよくわからないんだけどさ、やっぱり、とおたんとかあたんのこと許してあげようかなってちょっぴり思ったんだ。



裏チッチに注射シーンをアップしました!うなぎカメラマンの自信作!見てね!!

| 愛犬ちっち、そのオマヌケな毎日 | 00:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ぷりーずかみばくぅ~(>_<)

主人の水疱瘡以来、チッチと主人急接近である。
元々、チッチを飼いたいとわめいたのは主人である。
もちろん、今でもチッチのことはかわいがっているのだが、面倒をみる比重は私が80%を上回っているだろう。
必然的にチッチも私が大好き(*^。^*)

散歩に行くにも、たまに主人だけで行ってもらおうと思っても、私の姿が見えてしまうと動こうとしない。
「しかたないなあ・・・」
などといいつつ、私にべったりなチッチが可愛くて仕方ないのである。

ところが・・・

主人が2週間以上家にいた。チッチが来て以来初めてのことである。

初めの一週間は高熱を出しウンウンうなっていたのだがら、家にいるといってもチッチにメリットはない。
でもその後は、熱もなく、ただひたすら山ほどできてしまった発疹が引っ込むのを待つ(相当痒そうだったが)ばかり。
人前には出られないが、チッチの散歩くらいは出来る。
これを幸いと、私は日ごろできなかった仕事を片付けるので日々残業。
チッチをかまってやれない日が続いた。

するといままでにない現象が次々起こったのである。

まず、主人の姿があって、私だけで散歩に行こうとすると「とうたんが来てないよ」と後戻りしてしまうのだ。
ディズニーの日も、まさかと思ったが、トテトテと歩き出したものの「ハタ」と気付き「いけないっ、とおたんを忘れてきちゃった!」とばかりにダッシュで後戻りである。

それから。
私がソファに座っていても、めったにヒザなどにのってこないチッチだが、主人とだと仲良く一緒にいるのだ。
主人はめんどうだとチッチがのってきても、かまってやろうとしない。
私はチッチがくるとうれしくてナデナデしたり、腹をさすったりする。
当然、私の待遇の方が、チッチにとってポイントが高いと思っていたのだが、どうやらそうでもないようなのだ。

チッチは抱っこもあまり好きでないし、ネコのようにつかず、離れずの距離感が気に入っているのかも・・・

あー良かった。これで主人とチッチも仲良くなれて、私がちょっとくらい出かけていても大丈夫だし、肩の荷が下りたわい、やれやれ

そんなわけない

2年間の私の献身的なお世話と、溢れんばかりの愛情。
そっけない主人の方がいいというの??

雪山をも焼き尽くすようなジェラシー。メラメラである。
もちろん、主人にではないよ。
チッチ~カミバックゥ~(>_<)


☆裏チッチに「ヌヌーピーさん」をアップしたよ!
でもチビチッチは容量オーバーで消えちゃった・・・むずかしいね、動画は。

| 愛犬ちっち、そのオマヌケな毎日 | 00:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Positive Thinking

うちの主人はJapanese Pessimistの標本のような人だ。
なんでそこにこだわるのか?と頭にもくるが、時折気の毒にもなる。

私の勤めている会社は、年に一度、ディズニーリゾートのチケットが格安で入手できる。
毎年、ランドかシー、どちらかに行っている。去年はランドだったので、今年はシー。
そして今年は、甥っ子を連れて行く。
主人は甥っ子を、目の中に入れても痛くないほど可愛がっており、一緒に行くと決まってからの気合の入れようは、さすがの私もちょっと引いてしまっておる。^^;

甥はもっと子供の頃、着ぐるみのキャラクターが怖くて大泣きをした経験から、ディズニーランドに良いイメージを抱いていない。
子供なのにディズニーランドに行きたくなんて!テーマパークが大好きな我々バルタン星人にとって「unbelievable!!」である。

たしかに、男の子だし、ミッキーマウスが寄って来てもうれしくない子もいるだろう。
小さい頃は、身長制限で乗れないアトラクションも多い。
5年生、身長もなんとか140cmになった今、チャンスは今しかない!
おせっかい焼きの叔父さん夫婦、「ディズニーランドって楽しいね!」って言わせて見ようじゃないの!

そして朝の5時。
雨男の主人を証明するような、ザーザー雨の音。
予報は朝のうちだけ雨、あとは晴れてくるとわかっているのだが、それでも主人は膨れ面をしている。
<Check Point>
主人の頭の中「せっかくディズニーに行くのに、なんで雨降ってんだよっ!」
私の頭の中「おお、天気予報通りだ、ってことは着く頃には止むんだね。(^^)」

寝ぼけ眼の甥っ子を乗せて、まだ暗い中高速に乗る。
雨のおかげで出足が遅いのか、順調に到着。駐車場もまだ1階だ。
チケットを交換し、ワクワクと開園を待っている。
まだ雨が降っているが、ゲートの前も屋根があるから、濡れることも無い。
念のために持ってきたカッパを着て、作戦会議。
真っ先に、出来たばかりのループコースターに行くつもりだったが、屋外なので、二手に別れ、まずファストパスだけGETして、先に屋根のある「インディジョーンズ」に乗ることにした。
主人はまだ雨に文句を言っている。

華やかな音楽が鳴り、オープンだ。
わーっ、と人々が駆け出していく。
私も3人分のパスポートを握り、ファストパスを取る為走り出した。
主人は甥を連れて、「インディジョーンズ」に向かう。「ライジングスピリッツ」のファストパスをゲットして、主人を追う。「インディ」は待たずに乗れた。いいぞ、この調子でどんどん乗っちゃおう!
<Check Point>私「やっぱ雨だから、お客の出足が遅いんだな、ラッキー」

次のセンターオブジアースも、待ち時間なしで乗れた。迫力のあるコースター物が続き、甥は大喜びである。
普段は主人とソックリで、あまり表情を出さない子だが、さすがに興奮気味で「次は何に乗る?」と私を覗き込む。
外に出るともう空は青く、雨も止んでいる。
主人は急に晴れ晴れした顔になってきたのを、私に見られないようにソッポを向いている。
(もう見ちゃったもんね^m^)
結果オーライなら、悪いところばかり気にせず、始めから楽しめばいいのにね・・・
ファストパスをうまく利用できたので、お目当てのアトラクションは、ほとんど制覇した。
甥っ子がぼそりと
「おれ、ディズニーシーに住みたいな」
とつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。
(^・^)v

Disney2
さんざん遊んで、お土産も買って、車で爆睡してしまった甥を、兄と主人が二人がかりで車から降ろし(~_~;)、我が家に帰宅したのは夜10時。

朝5時から、いままでにない超ロングお留守番をさせられていたチッチ。
怒っているかな~、ゴメンヨ!チッチ!

その時、ふと、私もNegativeになっていることに気付いた。
チッチはいつもPositive Thinkingである。
玄関を入っていくと、テッテッテーと出てきて
「おかえりぃぃぃぃぃぃぃっ!!」と手を振っている。
そして、散歩に行くべくリードを持つ。
「え!これから散歩?!やった~っ」
彼に「今までどこ行ってたのさ」とか「待ちくたびれて辛かったよ」などという恨みごとはないのである。
冷え込んできた夜の道を、楽しげに歩いているチッチを見て、私も見習おう。と思った。

| ぼやき日記 | 08:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ヤマヤのムスメ

kei dog 2

酔っ払いは幸せである。
時おり、とてもファンタスティックな経験をする。
しらふの時なら、それほどファンタスティックではなかったかも、という記憶も、アルコールの力で増幅されて、年々話がデカくなっていく。

うちの両親は、ヤマヤである。(ヤズヤではない^_^;)
ウチでは当たり前の「ヤマヤ」という言葉、なんだかわかる?
まあ、文字通り「山に登る人」「山屋さん」という意味。

父も母もめっぽうアウトドア派である(父は現在形、母はやや過去形)
私もオムツの頃からスキーに連れて行かれ、吹雪の中もスキーをした。(せざるをえなかった?)
おかげでホッペにはカッペタンができてしまった(*^_^*)。
子供の頃、毎年正月は八方尾根、標高2000mの雪山の中で迎えた。
兄はその影響か長野に永住している。
私は父の「ノンベエ」だけ受け継いでいる。

子供の頃、虫が怖いと言っては「ヤマヤの娘がなんだ」と叱られ、雪が靴に入って冷たいといっては「ヤマヤの娘のクセに弱虫だ」と笑われた。
「ヤマヤ」なんて遺伝子はないやいっ(>_<)。いまならきっぱりと言い返せるが、子供心に自分の素質の無さはコンプレックスでもあった。

父は紳士服の職人で、小さな店を構えていた。
1日中家にいる仕事だから、自然と溜まり場になりやすかったのだろう、子供の頃、家族4人で夕食を食べることなどマレだった。
必ず、だれかしらが同じテーブルにつき、勝手に冷蔵庫からビールを出して飲んだり、私と同じハンバーグをつついたりしていた。
小さな平屋の借家だった。兄と二人、早くに寝かされて、夜中目が覚めると、たくさんの友達と父や母がドンちゃん騒ぎをしていたのをよく覚えている。時にはジャズを聴いてダンスしていたり(??)議論を戦わせて険悪な雰囲気になっていたり。山で撮った8mmフィルムの上映会になったりしていた。

私が起きていくと、ひざに乗せてくれた。テーブルの上のおつまみをつまんで食べていても、誰も怒らないし、みんなに可愛がられて、結構楽しい家だった。
おかげさまで私は、電気が点いていようが、音楽が鳴っていようが、眠ければどこででも眠れる人間に成長したのである。

そんな家だったから、大人になって娘ノンベエになっても、やっぱりね、という感じだったのかな?
それなりに厳しくて、外泊などは絶対許されなかったけれど、酔っ払ってへべれけになって帰っても、叱られることはなかったなあ。。。

その日もKとさんざん飲んだくれ、そろそろ店も閉店の時間。
桜の季節だった。
「そうだ、今年はまだ花見をしていないよ、花見に行こう」
「え、いまから?」
「そう、どっか行きゃ咲いているよ」
酔った勢いで、ふらふら歩き出す。途中、もう11時も過ぎているのに、酒屋が開いているのはさすが銀座だ。
「花見っちゃやっぱお酒が無くちゃね~」
もう、十二分に飲んだと言うのに、勢いでまた缶ビールを仕入れる。
新橋周辺、不思議と桜が無い。
お堀端の方へ、ぶーらぶーら歩き出す。日比谷公園まできた。
公園に来れば桜もたくさんあるだろう。
ところが、意外や、日比谷公園には桜の木がない。
だんだん淋しくなってきた。
足も疲れてきたし、止めておけばよかったかな~

「あ」

小さな池のほとりに、1本だけ
枝ぶりもそれは見事な染井吉野
今を盛りと、花びらの一枚も落ちず咲き誇っている。
樹の下に、大きな岩があった。
バッグを放り投げ、その岩によじ登る。
周りには誰もいない。木と、花と、Kと
漆黒の夜空

カシッ プシュッ

とりあえず、缶ビールで乾杯。
あとは何もしゃべらず、黙って花を見ていた。

先週末、久々に飲んでいて、その話しになった。
「あれが最高の花見だったね」
「あんな花見はもうできないね」
もう一人の友達が悔しがって、三人で笑った。

present3
40th Birthday Present from Keiko


おまけ 裏チッチにネムネムチッチを追加!見てね!
     http://blog.so-net.ne.jp/usagi158/

| ぼやき日記 | 23:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Kの話

女ともだちが少ない。
前にも話したが、小心者の癖に気が強く、迎合できない性格で、若い頃は苦労した。
そんな私の貴重な友達(悪友)の話。

Kはノンベエである。
彼女との思い出はとにかくアルコールである。
なにせ付き合いが良い、おしゃべりな私の話にいつまでもつきあってくれる。呼び出せば必ず来てくれる。
当時、公私ハードだった私は、彼女の支え無しではとっくにつぶれていたかも。

20代前半、夜な夜な彼女と飲み倒した。
若さもあるだろうが、お酒というものは飲めば飲むほど強くなる。
新橋の改札で待ち合わせる、軽く食事をする、うどんをすすりながら中ナマを1~2杯。
ある日はパスタを食べながらワインを二人で1本・・・
その後、いつものショットバー、木のカウンターにとまって、カクテルを5~6杯。

帰り道も同じ方向なので、終電が近くなると、フラリフラリと千鳥足で新橋駅まで歩き、電車に乗って帰った。

彼女が日本を発ったのは33の頃。
一度は諦めかけた「絵」がどうしても諦められない。
そういって、彼女は飛んでいってしまった。

呑んで呑んで呑んだくれて、二人して体調を崩した、そりゃそうだ、暴飲暴食。3年も続けば胃に穴が開く。
まさかそれがキッカケだったわけでもなかろうが^^;、その後の数年間、彼女は一生懸命留学費用を貯めたらしい。
私と遊び歩いた3年がなければ、もっと早く留学できたのではないか?と、ちょっぴり責任を感じている<(_ _)>。
渡英後しばらくは、手紙、最近はメールのやり取り。
メールのおかげで、タイムラグは克服した。

季節の折々に作品を見せてくれるが、時を重ねるごとに凄味を増してきた。
2年のつもりが、もう6年過ぎた。
きくと、ぽつぽつとギャラリーで作品が売れており、生活費をまかなえるくらいの収入があるらしい。
いったいアイツは、霞を食べて暮らしているのか?と心配していた私たちは、ホッとし、また驚いている。
(そして将来、お宝鑑定団に出るために、昔かいてくれたイラストなどを大切にしまいこんでいるチャッカリ者の私である^^;)

そんな彼女が、VISAの更新のため、4年ぶりに日本に帰ってきて、昨日久々に飲んだ。
チッチが来て以来、夜遊びをしなくなった私、久々の銀座である。

バナリバ
流行りの店はとうになくなり、食事をするにもウロウロしてしまったが、町の雰囲気は昔も今も変わらない。
気の早いクリスマスツリーが、時の流れを思い出させる。

友達というのは不思議だ。
1週間前までは地球の裏側にいた人間と、テーブルをはさんで話している。
だからといって、気張るでもなく、かしこまるでもなく。
普通にメニューを選び、バカを言い合い、まるで週3日飲み歩いていた頃と同じ会話をしている。
もう一人の友達はまるで下戸なので、私が間にはさまり「こちらはノンアルコールで、こっちはその分強くしてやってください」とバーテンをからかう。
そしてもう2週間もすれば、また地球の裏側に帰っていく。

絵がたくさん売れて、彼女が有名な画家になるといいな。
そう思う反面、売れたら当分帰ってこないんだなと思うと、複雑な私である。

解説とお願い
犬の絵は連作の1つです。彼女の作品はまた折をみて紹介させてください。
不許複製。無断転用です

| ぼやき日記 | 08:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Anniversary

誕生日だからといって、どうということはない。
ただひとつ歳をとっただけのこと・・・

大嘘である。

すんまそーん!<(_ _)>

会社では同僚に「ダンスパーティーをするから、背中のあいたカクテルドレスを作るように」などと冗談をいい、家では主人に無言のプレッシャーをかける。
自分のがどう、というのでなく、実は「記念日」が大好きなのである。
結婚記念日、チッチが家に来た記念日、誕生日・・・
友達の誕生日も、必ず何かしらのメッセージは送りたいタチだ。

普段は無神経傍若無人荒唐無稽(?)妻を大切にしない主人だが、この日を無視してしまうと向こう1年、恐ろしい仕打ちが待ち受けていることを知っている。

でも今回は、水疱瘡事件があったので、大目に見てやる(~_~;)つもりだった。
おかげさまで主人も、水玉男から脱却しつつある。
ちょっと具合が悪いと、すぐに大病を疑い大騒ぎをする主人だが、根が丈夫なのだろう、あれだけの発疹が、朝顔がしぼんだ様にどんどん引っ込んでいく。
でも、会社は発疹があるうちは出社しないように、というそうだ。よっぽど大人になってからなる、水疱瘡は怖い。という伝説が浸透しているのだろう。
思いがけず退屈極まりない長期休暇を得た主人は、香港映画にハマっている。

チッチの散歩も行ってくれるようになったので、私は連日残業だ。
いつもは飛ぶように帰って来ているので、このときくらい普段溜め込んだ宿題をしておかないと・・・
昨日も家に着いたのは9時半。

1年の単身赴任のおかげで、台所仕事は何も出来なかった主人も、湯豆腐と玉子焼き位は作れるようになった。
昨夜のメニューもそれである。
妙にご機嫌で台所で立ち振る舞っている主人、ふと見るとケーキの箱が隠してある。
「お!」
ケーキ
私の大好きな店のイチゴケーキだ。
誕生日のプレゼントなど何年ぶりかで買ってもらった。(最近は食事にいくのがせいぜいだった)

子供の頃から、ホールケーキにナイフを入れず、一人で抱えるのが夢だった。
その話をしてからか、私へのプレゼントはいつもコレである。

どうもありがとう。いただきます。


(チッチもイチゴだけもらったよ。おねだりの様子は裏チッチへ!)

| ぼやき日記 | 00:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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いちょう並木のセレナーデ

私が通っていた大学は、毎年11月23日の祝日から学園祭。
11月になると、今でもタイムトリップする回数が増える。

1年の秋。初めての学園祭。
新歓で、勧誘されるのが面白くて、掛け持ちで色々なサークルに入ったものの、キャピキャピ(死語?)した女子大生には到底なれなかった私は、テニス&スキーのサークルも、映画のサークルも長続きしなかった。
かといって、落研も、特別落語が詳しいわけでもなかったが、個性的な連中ばかりの集団なので、自分が取り立てて目立つわけでもなく。優しい先輩に守られて、なんとなく居ついてしまった。

数少ないオンナノコ部員は、当然先輩たちからチヤホヤされる。
自然、同学年の男の子達とは、そっけない関係になる。

他の新入生は春に合宿に行っている。
私は春、他のサークルをフラフラしていたため、一人遅れて夏合宿で、伝統的な洗礼を受けた。先輩たちが一団となって、ヒト芝居打つのである。今まで優しかった先輩が急に厳しく、冷たくなり、誰も口を聞いてくれない。
大掛かりなヒッカケにあい、大泣きをした夜、私はここにいようときめた。

そして、秋。

私の学校に落研は、唯一である。
年々人気が落ち、規模も縮小傾向にあったようだ。ところが、私の2つ上の先輩達は、逸材揃い(悪く言えば変人だらけ^^;)で人数も多かった。

その中に、群を抜けて、噺の上手い人がいた。

他の先輩の噺も腹を抱えて笑える。落語なんて真面目に聞いたこともなかった私だが、先輩たちの噺はいつも熱心に聴いた。
人情話などと、泣ける噺も多いことすら、その時まで知らなかった。

普段、短くなったセブンスターをくわえ、ビールを飲みながら、バカっぱなしをして、ゲラゲラ笑っている先輩が、着物を着た瞬間から別人になる。

落語をきいて泣くなんて

教室の半分に机を並べ、緋毛氈をかける。
寄席文字のメクリ。年代物の古い太鼓と粗末な三味線。
椅子を並べればもう、教室は寄席になる。

せまい校舎だったから、外では鳴り物がガンガン、マイクでの呼び声、客引きの声。
祭りの騒々しさと華やかさ。

午前、午後と、下級生からどんどん高座をつとめる。
私も一つだけ噺を覚えたが、緊張してしまい真っ直ぐ前も向けなかった。

揃いのハッピを着て、客引きに歩く。
ゼミやサークルごとに、わたあめやら、ヤキソバやら、それぞれに出店を出し、学生ならではのバカ騒ぎ。
われら落研の教室も、そこそこお客が入ってくれた。

千秋楽
オーラスは、その先輩が主任(トリ)をつとめる。
他の先輩も、最終日と話に熱がこもる。
自然、時間がおしてしまい、あたりが暗くなってきた。

楽しかった祭りもいよいよフィナーレ。
最後は、私も観客になって、先輩の噺を聞かせてもらおう。
そう思って、呼び込みをやめて、教室に戻ろうとした。

すると、反対から、同期の子が慌てた顔で走ってきた
「どうしたの?」
「もうすぐトリなのに、お客さんが帰っちゃったんだよ!」

その場に居合わせた1年生が、一瞬黙り、何も言わずにめいめい逆の方へ走り出した。

私も、外へ走って出て行った。
屋台も品切れの店がでだし、立ち話をしたり、片づけをはじめている。
「スミマセン、落語を聴きにきてもらえませんか?」

ふざけあって笑っていた人たちが一斉にこっちを見る。
誰かが
「いいよ、あんたがそこで何かやってくれれば、見にいってやっても・・・」
何も芸なんて持ち合わせていない。
立ち尽くしていたら、他の学生が
「おい、よせよ、泣きそうな顔しているぞ!」

それを聞いた瞬間、キッとなり、私はヤキソバの油だらけの床に正座して、覚えたばかりの小噺を始めた。
周りの学生たちはシンとして見ている。

ほんの3分の小噺、終わりまで話した時には恥ずかしくて顔を上げられない。
奥でやり取りを見ていた教授が
「おまえら、女の子にここまでさせて、黙ってる気はないだろうな」
その場に居合わせた学生が20人くらい、私達の教室まで来てくれることになった。

私はお礼を言いながら、先導して教室に向かった。得意満面である。
すると、ガラガラだった教室は、既に満員のお客様で溢れ返っていた。

先輩の噺を、一人でも多くの人に見てもらいたい。
普段憎まれ口ばかりのS君、バイトばかりで練習に来ないI君。その想いはひとつだったのだ。

私が連れてきたお客さんは、立ち見になってしまったが、みんな最後まで見て行ってくれた。
先輩の噺に、引き込まれて、満員のお客さんは身じろぎもしない。
そして拍手喝采!
追い出し太鼓が鳴り響く
表はすっかり夜になり、銀杏並木がスポットライトに黄色く照らされていた。

この時の風景を、この夜を、私は一生の宝物にしている。


| ひとりごと・・・ | 22:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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